『グランド・マスター』感想もどき②

感想もどき①から早一か月半、忘れた頃の②です

感想もどき①は何やら王家衛導演と作品に対する擁護のようになってしまいました。さて②ですが…①のコメント欄に王家衛作品は鑑賞後しばらく経ってもいろいろと考えを巡らせることができる点が私にとっては魅力的…と書いたのですが、それゆえに感想は書くのは難しいのです。まとまりません。それこそ王家衛作品のように「莫名其妙」と言われてしまいかねない(笑)。でも、感想もどき②を更新しますなどと書いてしまっているので、現時点で今回の『グランド・マスター』を通じて感じた・考えたことを書こうと思っています。でも、ほとんどひとりごと状態(?)、自己満足の世界ですので(^^ゞ…

『グランド・マスター』の台詞は魅力的というか、人の生き方や人との関わりを考えさせられるものが多かったように感じています。(他のカーさん作品の台詞も好きです。)トニーが演じる葉問と章子怡(チャン・ツィイー)演じる宮若梅(ゴン・ルオメイ)…このふたりの関係性はとても興味深いのですが、葉問と若梅の共通点はゆるぎない個をもっている点、違いは…葉問はこころの芯は変えずに世情に柔軟に対応できた、時として引くこともできた、でも若梅はそれができなかった、前に進むことしか考えられなかった…そのような点だと感じています。

「见自己,见天地,见众生」(自分を知る、世間を知る、人生を知る)
人生のすべてを悟れる人など存在しないと思っていますが、葉問は人生というものが少し理解できた人物と描かれているように思います。そして若梅はその前に散ってしまった。见自己…自分の本質を認識することは難しく、辛いこと。認めたくないことにも向き合わないといけませんから。でも自分を意識すること、分析することは必要なことだと思います。若梅は張晋(マックス・チャン)演じる馬三(マーサン)と闘った後に、自分に向き合い、ある程度自分を知ったのだと思います。そこで自分の愚かさに気付き、結局は自分に負けてしまったのかもしれません。人はそれぞれ愚かな部分があると思います。愚かな部分があるからといっても、それはその人の一部分であり自分を否定する必要はないと思うのですが、人によってはその一点がすべてであると捉え、こころに重く圧し掛かってしまうこともあるのかもしれません。

「…到头来,就两个字,一横一竖」
武術も人生も突き詰めればシンプルなものだと表現したのだと解釈しているのですが、シンプルといっても内面は様々な人生経験を重ね、実に複雑、いろいろな想いが詰まった引き出しをたくさん有さないと装うことができない究極の生き方だと思っています。そうでなければシンプルさを装うことなどできない。シンプルに生きることができたら…とても難しいですね。わたしなどはどのくらい修行すればその境地に達することができるのやら

「世间所有的相遇,都是久别重逢。」
相遇は出会い、重逢は再会ですが、この意味を考えてしまいます。それぞれの人生、様々な人と出会います。出会ったという事はその関係性が浅い・深い、差はあるにせよ何かしらのご縁があるのでしょう。
偶然なのですが、出会い、再会について近年感ずることがあったので、余計にいろいろと考えてしまっているのかもしれません。いろいろと考えているものの未だにそれを文章にはできません…ので機会があればということで、感想もどき②を終了します。

やはり感想もどきにしても中途半端なものになってしまいました。最後まで読んで下さった方
それでも、これで気になっていたこともなくなり、心置きなく香港旅行に行くことができます。次回は多分香港旅行記。もちろん張震情報も再開予定

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